留学体験談

芸術家として

井上 響子 様 Kyoko INOUE

桐朋女子高等学校音楽科(男女共学)卒業後、同大学在学中2014年渡仏。 2016年パリ地方音楽院にてDEM(Diplôme d'Etudes Musicales)取得後、コンセルティスト課程に合格。 現在、ビリー・エイディ(Billy EIDI)先生のクラスに在籍。

演奏者と聴き手が同じ空間で音楽を共有することを大切にする

 今年の始めに、パリ郊外の町でリサイタルをしました。スカルラッティやラヴェル、ショパンの作品の他、フランス人の現代作曲家の作品を演奏し、お客様が心から音楽を楽しんでいる様子にとても感動しました。フランスでは、演奏者と聴き手が同じ空間で音楽を共有することを大切にする文化的土壌があります。音楽院の試験でも審査員の先生方が、教授と生徒という立場を超えて、音楽を愛する同志として演奏を聴いてくださるのが嬉しいです。

 エイディ先生はレッスンでいつも、音楽の流れを大切にするようにと仰います。一音一音を丁寧にすくい取るように繋げて美しいフレーズを作り出す奏法は音楽には大事な要素で、先生は演奏をしながらレガート奏法の真髄を教えてくださいます。一昨年のディプロム試験では、演奏直前に先生より「芸術家でありなさい」と言われました。緊張で硬くなっていた時に言われたこの一言が胸に響き、一瞬にして心のベクトルが音楽に向かったことが忘れられません。どのような時でも芸術家として目指すべき姿勢を示され、身の引き締まる思いでした。
 室内楽はイヴ・アンリ(Yves HENRY)先生のクラスで、フルートとのデュオと、ヴァイオリンとクラリネットとのトリオで、プロコフィエフとストラヴィンスキーの作品に取り組んでいます。一見、分析的でありながらも音楽を最優先にしたレッスンでは、和声進行などの分析を通して、フレーズの流れに重点を置いたアドバイスがあります。先生ご自身はピアニストですが、ピアノパートへのアドバイスに偏らず、アンサンブル全体を考えて各楽器にバランスよく指導してくださいます。

 渡仏以来、室内楽をする機会が多くあり、これまで音楽院の内外で10か国以上の国籍の異なる奏者と演奏しました。他の奏者と話し合いながら音楽を作り上げるアンサンブルには、ソロにはない醍醐味があります。多様な感性との出会いには新たな発見があり、とても刺激的です。国は違っても、音楽を愛し共有することができる同志がたくさんいるのは、とても幸せなことだと思っています。

 日本で夏に予定しているヴァイオリンとのデュオコンサートでは、ストラヴィンスキーの作品を軸にプログラムを検討しています。各作曲家を様々な角度から紹介して、いろいろ表情を持った音楽を楽しんでいただきたいと考えています。作曲家が残した素晴らしい音楽を聴く人の心に届け、何か一つでも心に沁みるものを残せるコンサートにしたいです。