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第21期奨学生の留学体験レポート

 

小谷純人 様

 

小谷純人 様 「どこまで行けるのか知る手段を、私は一つしか知らない。道に出て、歩いてみるのだ。」これは、私が初めて出会ったフランス人、アンリ・ベルクソンの言葉です。彼は、19世紀の終わりから20世紀にかけて活躍した、フランスを代表する哲学者の一人で、時間や自由、意識の問題について、大きな功績を残しました。大学時代、哲学に興味を持ち始めた私は、ベルクソンの優雅で誠実な哲学に出会い、すっかり魅了されてしまいました。


私が哲学などというものに興味をもった原因について、少しだけ書きたいと思います。中学生の頃、私はタイに行きました。そこで初めて、物乞いをしている人を生で目にしました。その後、高校を卒業してすぐ、今度はイエメンに一人旅をしました。そこでは、腕の骨が折れ、ダランと地面に垂れ下がったままの老婆が、祈るような姿でお金を乞うていました。私はそのとき、現地で知り合った友人に、片言の英語で「彼女の腕はどうしてあんな風になっているのか?」と尋ねました。そのときの彼の答えは、今でも忘れられません。「イエメンでは子どもが生まれても、育てていくお金がないときには、その子の腕を折ってしまうんだ。その方が、物乞いした時にお金をもらいやすいから。」
こうした経験から、私は世界に貢献できる人材になるという身の丈に合わない大層な目標を抱き、大学では国際教養学を専攻しました。そこで私は、様々な問題について、その根源にまで遡って徹底的に考えることのできる、哲学・倫理学という学問に出会ったのです。昔から考えることが嫌いではなかった私は、この学問を通じて社会へと貢献することを決心しました。


哲学を生業にしようとする場合、最低でもドイツ語かフランス語ができるようになる必要があります。岐路に立たされた私は、散々思い悩んだ挙げ句、結局は自分の一番好きな小説家が仏文学科出身だったという極めて単純な決め手によって、フランス語を選択するに至りました。

 

 私は昨年、リヨンに3ヶ月間留学していました。そのとき、深く印象に残った出来事がありました。ある休日に街を歩いていたら、プラカードを掲げた人たちが歩いていきます。そのプラカードには、「子どもには一人の父と一人の母を!」と書いてありました。初めて目にしたデモ行進に、何だかよくわからない感動を抱きつつ、私は友人たちと共に、目的地の公園へと歩みを進めました。公園に近づくと、楽しげな音楽が鼓膜を打ち始めました。周囲を見ると、孔雀のように派手でカラフルな色の服を着た人々が、公園の方へと歩いていきます。何が起きているのか?答えは簡単でした。そこではゲイが集まって、パレードを行っていたのです。
子どもには両親が必要だという人々も、パレードをしている人々も、真剣に考えて行動を起こしています。どちらが正しいかという答えの前に、まず大切なことは、それぞれの人間が意志をもって、それを表現するということなのです。そうして全く異なった考えをもつ人々がぶつかり合うことで、初めて互いに理解し合い、共通の意志を築いていく土台ができていくのではないでしょうか。フランス人一人一人が持っている、「私自身がこの国を作っている、作っていく」という意識と行動力は、日本人のそれとは大きく異なります。私はその日、徹底した人民主権論を説いたジャン・ジャック・ルソーの思想が、250年の時を超えて尚フランス人の中で呼吸しているのを、目にしたような思いでした。

「ヨーロッパでは、哲学が生活の中に息づいている。君は留学して、その空気を吸ってくるといい。」これは、10年間ドイツに留学していた私の恩師の言葉です。私はこの一年間で語学力を磨き、来年からはそのままフランスの大学院へと進学して、修士号を取得する予定です。思い切って自分の足で踏み出した時にしか、知ることができないものがあります。とにかく、「道に出て、歩いてみる」ことが大切なのです。この留学を通じて、豊穣な哲学的背景をもつフランスで、様々な人に出会い、語り合い、議論を交わすという貴重な経験を、心行くまで味わってきたいと思います。美味しい食事とワイン、美しい風景に囲まれて過ごす素晴らしい時間の魅力のほんの一部でも、皆様にお伝えできれば幸いです。